EduKidsボードメンバー・ころんさんの子育て読書紹介。今回はとても重たいテーマですが、目をつぶってはいけない問題ですね。***********************************あ~・・・・久しぶりに胸にズシーンと来るのを読んじゃったわ。『神の業(わざ)は現れる・・・非行、不登校で悩む母親に送る七つの物語』鈴木秀子著です。カトリックのシスター鈴木秀子さんの国際コミュニオンでエニアグラムを学んでるんで、鈴木先生の本は殆ど読んでいるんですが、これは未読だったんです。たまたま図書館にあったので、借りてみたのですが・・・今の私に必要な本だったわ~。ここのところずっと、幼児教育関係の本を読み続けていたので、余計に「こっちの角度から見た育児」という視点をもらえて、鳥肌ゾゾーーーでした。子育てに悩む母親のケーススタディを細かく書いてあるんですね。いわゆる非行、不登校になった子どもを、幼児期からどのように育ててきたか。どうしてこんなひどい非行に走ってしまったのか。そこで両親はどのように対応したのか。その後、どうなったのか。そして母親はそこから何に気づき何を学び、どう変わっていったのか。一つ一つの話が、もうね、他人事じゃないの。こんな風に育てられて、こういうタイミングでこんな出来事があったら、確かに子どもは不良の仲間入りしちゃうよな。シンナー吸っちゃうだろうな。そこからズルズル覚せい剤使うようになって、あーなってこーなって、ついに刑務所!!リアル~~~!!!我が子が刑務所に入るなんて、想像を越えて無理なんだけど、でも絶対我が子は無いだろう!という自信は持てないね。この本を読むと、いかにも多くの親が幼児期の子に対してやっちゃう言動が、積もり積もっていくのが分かるのよ。思春期から子どもがSOS出しても、それを見逃しちゃって軌道修正を何度も逃すの。見逃すほどに、親は自分自身を分かってないの。そしてついに犯罪→刑務所になっちゃうの。どの母親も、虐待とかしてたわけじゃなんだよね。でも実は精神的虐待なんだろうな・・・と読むうちに理解できるの。でもこれ、マズイ。自分が無自覚だとやっちゃう。あいたたたたたたたたたたたたたたた!!!!!と思いながら読む箇所、ありまくり。母親は、赤ちゃんの頃から子どもの世話をしてるから、常に自分が正しくて自分が教えてやらなくちゃ!みたいなモードになりやすいのね。世間に対して恥ずかしくない子にしなくては!と力が入り、肝心の子どもの気持ちよりも、「こうあるべき」という自分の思い込みを優先してしまう。でもそれを自分は「愛情」だとさえ、思う。というか世間一般には、「それも親の愛情だから」という見方があるの。だから気づきにくい。実はその「自分の思いこみ・愛情だと思っているもの」というのは、深く観察すれば、明らかに親のエゴイズム。「子どもが○○○じゃないと私は不安になる」「子どもが△△△じゃないと私がダメだと思われる」という無意識がドーンとあるわけ。でもそれに無自覚だと、ただただ、目の前の子どもを「良くしてやろう」という気持ちだけで、結果的に子どもの心を潰す。「条件付きの愛」は、子どもの肉体も心も殺す方向へ行く種なのだ、と感じます。誰もが聖人君子じゃないんで、無条件の愛を常に子どもに注ぐなんて不可能だと思うのよ?でも、それに気づいてるのと気づいてないのじゃ、雲泥の差なんだってことだな、きっと。自殺しちゃったケースも2例あってね、胸が潰れそうになったよ。これに目を背けちゃダメだと思った。でもこれは本当に有り得る。エニアグラムを学んでいて私は本当に良かったと思ったよ。1例は、子どもの気質を親がしっかり把握していれば防げた悲劇だったかもしれない。自分の裏のココロ(潜在意識・無意識・無自覚エリア)が大きければ大きいほど、本当に大変なことになる。子どもが自殺してしまった母親は、どういう風に立ちあがっていったか。絶望と地獄の中でのたうちまわり、ついにはそこから一つの真理を見出していくの。子どもが自殺したことでしか見えなかったものに、気づく。だから今では子どもに本当に感謝している・・・って。でも、子どもの命と引き換えにまで学びたいことなんて、ないよ・・・って思っちゃう。そんなことになる前に、私はしっかり目を開いていたい。だから私は常に学び続けたいと思う。自分を振り返る勇気だけは、絶対に無くさないように。著書の中で書かれているのは、例えばこういう事例で子どもが社会不適合状態になりました・・・と書かれてるんだけどね、その時、その母親が無自覚でやっちゃってるマズイ言動というのは、その手の無自覚エリアがないタイプの人にとっては、「はぁ~?何でそんなこと言っちゃうんだろ、私なら絶対そんなことしないのに・・・」って思えるの。外から見ると、その母親の間違いは明白で、「あーそれじゃ子どもはこうなっちゃうよ」と分かる。けれど分からないのは当事者である親だけ。それだけ、親には「盲点・死角」というのが必ずあるんだって。これ、まさにそうだと思った。他者からは丸見え・丸分かりの問題は、当人には全く分からないの。何がどうなってこういうトラブルになってるのか。何がどれだけマズイのか、分からない。前に鈴木先生のセミナーに出席し、そこで希望者が100人くらいの聴衆を前にマイクを持って、今自分が困ってることを話す・・・というのがあったのね。1人の母親は、ニート状態になってる娘のことを話したんですが、それがもう、場内から苦笑が出ちゃうくらいオカシなものだったの。いえいえ、母親は真剣そのものなのよ。「子どもが○○○したんです、それで私は△△△と言ったんですよ」という内容が、もうエエエーー!?有り得ない、そりゃ駄目でしょ!と私は思うの。100歩譲って、あなたの気持ちは分かるよ?でも、それを繰り返して娘はニートになっちゃったんじゃない!どうしてそれに気づけないんだろう彼女は・・・・と思うの。けれど、同じことを私は違うテーマでやっちゃうんだろうな、とその時分かったの。エニアグラムを学んでいると、人にタイプによって本当に違った悩みがあって、違ったタイプから見るとその悩みは滑稽だったり理解不能だったりしてね。エニアのワークで私の悩みを話したら、ある人は実に不思議な顔をされて「へえ~、そんなことをそんな風に考えて悩めるんですねぇ!」と単純に驚かれたのね。イヤミとかじゃなく。そういうエニアグラムワークショップでもない限り、普通は人は他者にそんな風に言わない。内心「え~?そんなこと言っちゃうの?気持ちは分かるけど私は絶対そうは言わないな」と思っても、特に女性同士だと「あー、分かるよその状況ってキツイよね~」って合わせちゃうしね。実はそれほどまでに、「私はこれが本当に大事だと思う!」「私はこれが問題だと思う!」「こういうのって許せない!」ということは、巨大な盲点と死角を内在してるってことなのでしょう。それにしても、思ったのは・・・私よりずっと繊細で感受性が強く、物事を深く受け止め、優しく平和主義かつ個人主義な息子に対しては、私は彼の心をグサーー!!とやっちゃうこと、ありそう~・・・・こわ~~~!本を読むとね、これにずっと気づけないままだとマジでヤバいってことだね。これが続くと子どもの心が干上がってしまう。人は完璧じゃないんで、子どもの心を傷つけないで育て続けるなんて無理だし、第一そんな気を使ってちゃ不自然だし、苦しい体験がないと心は成長しないしね。それでも、自分の性格特性と子どもの性格特性を自覚し、偏りがちな方向性を自覚することは大事ね~と思う。せめてそれくらいは自覚&努力しなきゃな。そしてね。子どもがマズイことになってやっと、「生きててくれるだけでいい」と深い愛情にたどりつく母親の何と多いことか・・・って書いてあるの。も、ほんとね。事故に遭って瀕死の子どもに向かって「看護婦さんにお礼言ったの?今日の宿題どーすんのよ!」という親はいないものね。子どもが元気でご飯を食べられるほど健康であることは、当たり前すぎて感謝するのを忘れちゃう。何かあると(子どもの不幸なニュースを見聞きしたり)、ふいに「そうだ、生きててくれるだけでありがたいんだ」と立ち返るんだよね。でも一瞬だったりして(苦笑)。すぐ忘れて、あれこもれも・・・と子どもに課題を与えたり、子どものアレコレを矯正しようと躍起になり、肝心の「心」に栄養あげること忘れてたり・・・ね。この本、また1年後2年後に読み返そうと思います。出典>>http://aikoron.blog16.fc2.com/blog-date-201008.htmlEduKidsボードメンバー:ころん プロフィール東京生まれ育ち、現在千葉県在住 現在小学生のママ大学卒業後、予備校スタッフとして生徒の進路指導を中心とした学習指導の仕事に携わる。結婚後に夫と世界一周の旅をした。出産後は、性格分類学「エニアグラム」の講座にて中級終了、アドラー心理学をベースにした勇気づけ子育て、モンテッソーリ教育を中心とした幼児教育を、各種講座に参加してきた。子どもが小学生になってから保育士の資格を取得し、現在は認可保育園にてパート保育士として仕事中。来年からは子どもが中学受験のための通塾が始まる。ちなみに夫は英語講師&予備校運営責任者なので、夫婦で教育について語りだすと止まりません・・・趣味はピアノ演奏と絵画、子どもと一緒に始めた囲碁。